大学で言葉を研究しています。
美しい文章、実験的な文章、不治の病と戦う患者さんの文章、心の病に苦しむ人の文章、
いろんな文章を日々目にしており、不思議な文章には慣れているつもりなのですが、
今回、これまでにないフシギな言語体験を味わうことになろうとは...
まず、「<上演を前提としない戯曲>を読んでください」
というご依頼からして、フシギなヒビキです。「上演しないのに戯曲」これは「星へ行く船」やら「時間を遡る機械」と同じくらいSFじみた概念なのではないか?
そう考えれば、この企画「演劇計画」こそが,そもそもSFであるというメタ構造? 複雑だー!
最初に演劇計画を企画を聞いたときの印象です。
それでは,2つの作品を眺めていきましょう。
*
「私たちとは別の五億円世界」(山本健介)
山本氏の戯曲は小説のようなスタイル。
はじまりはこんな感じ。
「まだ、人々が生きていたころの社会。私たちが生活している世界とは異なり、まだ、人々は死んでいない。だが、この世界の人々は、死んだあとしゃべったりすることができないため、死後自分の感覚や思考を生きている人に伝えることができない点が私たちの世界と異なっている」
あれ? 死んだ後しゃべれない? でもどこかにいる? え、何これ? 何を言っているのか分からず、何度も読み返してしまいました。
<決して、ながら読みして目を滑らしてはいけない。ちょっと油断すると、ほら、とんでもないこと、私は書きますヨ>
そんな警告とも読み取れる文章。冒頭から、肝を冷やしましたが、この<人々は死なない>という世界。
実は、私、沢山知っています。よくあるもの、そういうSF。
しかし、この戯曲の設定は少しひねっています。<人々は死なないのではなく、死ぬと、意思疎通ができなくなる>というもの。これはかなり珍しい部類です。
しかもです。恐ろしいことに、この驚嘆設定は、ちっとも物語の大局に絡んでいないのです。
この物語の主軸に据えてもいいような設定が、ちっとも、物語を動かさない。
素材を素材のままほっておくという荒技....
他にも、奇妙で不思議な設定があります。
ニホエヨ、とうとう最後までどんな生き物か分からない生き物。特に、言及もされていません。
大人びたモグラ。なんと喋ります。このモグラも、さりげなく放置されるのか、と思いきや、「モグラの話はいいよ」で切り捨てられる。
多分、こんなモグラだと思うのですが、
ズコっとなります。
うーん、裏をかいてくる。
この戯曲に散りばめられた幾多の不思議な設定は、
なんだか文化祭的なにぎにぎしさとなって、
それが、世界の終末を感じさせる不安感と上手く混じりあって、
読んでいると、奇妙な迷諦感に包まれます。
そして、タイトルにもなっている世界設定
「明日、全世界の人々全員が五億円もらえることになった」
この五億円という不思議とリアリティのある数字が、
唯一確かな現実感で、読者もこの五億円にすがりつつ、物語の終焉を迎えます。
*
「カオラマ」(松原俊太郎)
顔と体が織りなす物語。
タイトルの文字通り、顔が出てきます。
ちょっと怖いんですけど....
どんな顔なのか、はっきりと想像するのが怖いのですが、たぶん,デビルマンにでてくる
サイコジェニーみたいなやつでしょう。
こんなのです。
あまりはっきりと想像しないようにしましょう。
先の「私たちとは別の五億円世界」が黄昏の世界だとすると、こちらは漆黒の物語。
でてくるのは、顔、医者、男、ウィリー、フリッツ、ゴンゾー。
登場人物は、暗闇に浮かぶ、ぼんやりとした形のないものであり、ただ、入れ替わり立ち替わり、出てきます。
妖怪みたい....
なんか、顔と男っていっしょの舞台にいてはいけない気がするし...。
密度のことなるものが同じレイヤーにいるとケルビン・ヘルムホルツ不安定性みたいなこの世ならざる光景が作り出されます。
さても、作者の松原氏は戯曲と外との関係について次のように語っています。
「戯曲はどのようにして成立するのか。今のところ、これは作品だとは言えない。が、やはり、データのままあるいは印刷された紙のまま終わるのはおもしろくないという思いはある。戯曲と外との関係がこれからの執筆に返ってくるのだと思う。」
くしくも、「五億円世界の」山本氏も作品の中に<外部人>を登場させており、
その外部人とは、上演を見に来た(無論、その上演は行われる予定はないのですが)観客のことを指しています。
2作品とも、上演されないが故に、外部との関係をより強く模索している...ように思います。
その情念が触手のように戯曲から私の方に向かってくるようです。
一つは黄昏色、もう一つは漆黒。
はやく誰か上演してあげないと...。もっていかれ...る?
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荒牧英治
2000年京都大学総合人間学部卒業。2002年京都大学大学院情報学研究科修士課程修了。2005年東京大学大学院情報理工系研究科博士課程修了。博士(情報理工学)。2005年東京大学医学部附属病院特任助教。2008年東京大学知の構造化センター特任講師、2013年京都大学デザイン学ユニット特定准教授を経て、奈良先端科学技術大学院大学特任准教授。医療情報学、自然言語処理の研究に従事。